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Sobre este blog

hikaru | February 2, 2009

Recentemente tenho recebido alguns e-mails de pessoas que me perguntam sobre este blog. É um bom sinal: significa que há pessoas que estão lendo o que escrevo… Então decidi escrever alguma coisa em português para responder aos que me perguntam se eu sei falar português ou não, qual é a idéia desse blog, o que é Nippon Zaidan etc.

Desde 2008 eu comecei a receber uma bolsa de estudo de uma instituição chamada Nippon Zaidan, dirigida a descendentes de japoneses (nikkei) da América Latina. Cada ano entram por volta de 5 estudantes e a minha promoção é a quinta (go-kisei). Ao ser bolsista da Nippon Zaidan automaticamente os estudantes passam a fazer parte de uma associação de estudantes recém-criada chamada Nippon Foundation Scholars Association (NFSA, Nippon Zaidan Nikkei Ryuugakusei Kai). Atualmente há por volta de 30 estudantes de vários países da América Latina, em várias universidades, institutos de pesquisa ou escolas de japonês do país.

A NFSA tem um site oficial na internet em vários idiomas (www.nikkeiportal.com/nikkei) –com informações sobre a bolsa, perfil dos bolsistas, atividades realizadas pelo grupo e artigos escritos pelos estudantes– e um blog onde cada estudante escreve uma vez ao mês em japonês sobre sua vida no Japão, sobre os estudos, sobre o seu país etc (blog.canpan.info/nikkei). O próprio domínio nikkeiportal.com abrange diversos outros websites em formato blog, onde muitos dos estudantes de NFSA escrevem sobre sua área de estudo ou sobre o seu dia-a-dia. Desde o ano passado eu comecei este blog com o tema que me interessa: a imigração (ou emigração do meu ponto de vista) japonesa ao Brasil, as relações Brasil-Japão, o fenômeno dekasegi, a situação dos brasileiros no Japão e o problema da educação dos filhos de dekasegis. Está bastante relacionado ao tema que estou tratando para o trabalho de conclusão de curso e que pretendo seguir numa futura pós-graduação, que é a imigração japonesa.

Por diversos motivos infelizmente muitas pessoas aqui no Japão ainda não conhecem muito bem o conceito “nikkei”, não sabem praticamente nada a respeito da imigração japonesa aos EUA, Brasil, Peru e demais países… Em grande parte isso de deve ao fato de que os livros didáticos –salvo raras exceções– não fazem absolutamente nenhuma referência a esse tema. Por outro lado, os inúmeros problemas sociais e de inadaptação dos latinos à sociedade japonesa ajudam a piorar a imagem que a opinião pública tem dos “nikkeis”. De qualquer maneira, um dos objetivos da NFSA é exatamente esse: tratar e dar a conhecer o tema da identidade nikkei.

E de maneira semelhante, neste blog escrevo artigos curtos sobre estes temas. A minha idéia inicial era escrever sempre cada artigo em japonês e português, mas se é verdade que na teoria parece bem, é difícil levar isso à prática. Se precisar de mais informações deixe uma mensagem… Yoroshiku!

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貧しかった頃のニッポン

hikaru | January 16, 2009

bandeiras 2009年が明けたことによって、日本ブラジル交流年が終了した。一年間の間に、両国では様々な公式行事、そして個人的なものもたくさんあったと思う。日本皇太子がわざわざブラジル各地を訪問されたのもあって、マスコミでは色々なかたちでブラジル移民、日系社会、そして来日する日系稼ぎ現象といったテーマが話題になってきて、ブラジル人も日本人もそれをより詳しく知るようになったといえるだろう。残念ながらそれまでは、日本人移民が一般的にはほとんど未知の概念であったと言っても過言ではないと思う。日本の高校の教科書にもわずか半ページしか載っていないか一行もないぐらい...(なお、三省堂の『日本史B』には2ページほどあります)。いったいそれはなぜだろうか?文部科学省は教科書に何を入れるべきなのかをちゃんと検討するだろうが、「日本移住」を入れないことは不思議だと思う。それは言い過ぎなのかもしれないけれど、日本移住などは、必ず掲載されている前方後円墳と前方後方墳の区別というようなことよりもずっと大切だし、現在の私たちとは深く関わってくる20世紀の社会現象の一つなのに。

 この前、友だちとそれについて話しており、あるドラマが話題になって、それを簡単に紹介したいと思う。数年前、NHKが放送した『ハルとナツ』というドラマでは、日本に残され日本で育ったナツが、ブラジルに渡ってから70年後に初めて日本を訪れる姉のハルという主人公に向け、「日本人は、貧しかった頃のニッポンを忘れているでしょう」というようなセリフを確か言う。国が貧しくて、国民に食料さえ十分与えられなくて外国に依存していたころ、人口過剰で自国民を見知らぬ海外に送らざるを得ないころの日本はもはや遠い過去のことだろう。それで、その友だちによると、「日本移住」を教科書に載せたり、その研究を積極的に促進したりしないのは政府が「貧しかった頃のニッポンを恥ずかしく思うから」ということだ。確かに、いわゆる「教科書問題」のように、みっともない時期をとりあえず載せないでおこうということもあるのかもしれない。

 しかし、そうならば、僕自身は逆だと思う。まず、貧しくて他国・他人に依存するということは決して悪いことではない。むしろ、貧しかったにもかかわらず、国民が頑張って、高度成長に達して、今の裕福な日本に至ったことに頭を下げるべきだと思う。どんなひどいことが過去にあっても、今は違うということだけで誇りに思うべきなのではないか?それに、戦中・戦後に海外に取り残されていても、祖国を忘れなかった移民を歴史の教科書から完全に取っ払うのではなく、彼らに敬意を払わなければならないし。

 おそらく、去年の行事やイベントを踏まえて、今後その傾向が逆転してなんとかなるかもしれない...というか、なんとかなってほしい〜

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ポルトガル語改善と日本語史

hikaru | January 6, 2009

 僕もびっくりした— 

 今年の元日よりポルトガル語の単語数の約2%が変わったそうだ。要するに、なくなるアクセント記号があったり、K、Y、Wの3文字が正式にポルトガル語のアルファベットに加えたり、いくつかの単語は綴りが若干変わったりするということ。ブラジルだけではなく、ポルトガル語を含め、合計8ヶ国がそれを受け入れることによって、ポルトガル語が母語である国々がやっと同じポルトガル語を使うようになる。とはいえ、発音が若干違うのだが、それはそのまま続くのだが、せめて文法と綴りが一致する。確かに、同じ言葉だから、各地におけるポルトガル語が一致すると便利だし、しかもポルトガル語圏の国々同士の絆を強めるのもあるだろう。

abc

 しかし、一言でいうと、ヤバイ...というのは、ブラジルに住んでいない僕のような人間だと、日常生活ではポルトガル語をめったにしゃべらないので、今までの“古いポルトガル語”、つまり使われなくなった綴りや文法をずっとそのまま使い続ける危険性があるのかと思う。ポルトガル語の世界で暮らしているならば、毎日新しいほうを聴いたり、読んだりするにつれて、少しずつ改善言語を覚えていくのが普通だと思うけれど、海外滞在の私たちにはその機会がないだろう。どうなんだろう?

 ただ、よく考えると、日本移民も似たような壁をを乗り越えた。敗戦の直後、日本社会はそういう変更というか、近代化というか、とにかく様々な面で改善点があった。言語にも。僕はぜんぜん詳しくないけれど、確か戦後に国語改善があったんだよね?にもかかわらず、海外の各地における日本人・日系人社会がそれを受け入れて、戦前の日本語を書く人は現在にいないだろう。

 たとえば、《國→国、藝→芸、濱→浜》というような字形変更があったけれど、日本人移民もその子孫も左の字を書かなくなった。でも、僕が知りたかったのは、どうやってその国語改善が海外に伝えられたのか、どのぐらい経って移民の方々が新しい形を覚えたのか、ということ。

 僕自身は見たことがないが、きっと誰かが「海外における日本語史」とか「日本移民と国語」みたいな研究をやっているだろう。おもしろそうなぁ〜

 

※追伸1:ちなみに、ポルトガル語学科がある日本の大学はもう新しい教科書などを用意しているのだろうか?

※追伸2:おそらく、ポルトガル語を話す国は8ヶ国もあるということは一般的に知られていないけれど、ブラジル、アンゴラ、カーボベルデ、ギニアビサオ、モザンビーク、サントーメ・プリンシペ、そして東ティモールの旧ポルトガル植民地7ヶ国とポルトガル自身。それで、国ではないけれど、中国のマカオやインドのゴアのような地方にもポルトガル語が残っているそうだ。

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日本とアモレイラ

hikaru | December 12, 2008
 一年ほど前、僕はInternational Pressという新聞のポルトガル語版に目を通していたときに、たまたまある記事に注目が引っ張られた。日本で生まれて、大学を卒業してからしばらく国内で勤めた岡村淳という人がブラジルに移住して、日本での経験を活かしてドキュメンタリーを作り続けたというような記事であった。ブラジル移民など、非常に興味深いテーマの作品であって、興味が沸いてきが、それを観る機会がなかったのだ。ところが、12月6日に岡村氏が近くの尼崎市で最新作品の上映会を行うと知り合いから聞いて、観に行った。

 「あもーる あもれいら」というタイトルで、ブラジルのパラナ州の田舎にある小さな町が舞台である。そんな遠いところが日本といったいどんな関係があるのか、僕も知らなかった。その日まで。実は、長崎純心聖母会という修道会の日本人シスター4名が宣教師としてブラジルに渡り、何十年前から貧しい子供の世話をしてきたようだ。第二次世界大戦の頃はまだ学生であった彼女らは長崎で原爆や終戦の前後を自分の目で見た。そして、亡くなった友達や親戚と違って、彼女らがまだ生き残っていたということはいったいどいうことなのか、ということが本人らの頭から離れなかったようだ。そして、それをよく考えた結果、やはり神様が何かをお望みになっているだろうということで、自分の使命みたいなのを悟り、修道会に入会し、数年後ブラジルに渡った。そして、食料さえない子供たちのためにアモレイラ市に幼稚園みたいな施設をつくって、それを運営しているのだ。しかも、シスターたちはすごいポルトガル語がうまくて驚いた。

 恐らく「あもーる あもれいら」のメインテーマではないのかもしれないが、特に心に残ったことがある。そのシスターたちが様々な形でこの世の苦悶や困難を身近に感じたということ。つまり、戦争と不安定な家族構成。全く関係のないように見える現在の2つの大きな問題だと思う。やはり戦争を避けるのに一般人の私たちは何もすることもないだろう。そのシスターたちにも。けれど、貧困問題、家族構成問題などには手が届くので、それこそ自分のやるべきことだとそのシスターたちが分かったのではないか?

 やはり、岡村氏がおっしゃったマザーテレサの言葉を借りてこのエントリーを書き終えたい。ある人が、マザーテレサが作った施設に行って、ボランティアとして支援したいと積極的に本人に言ったようだ。そして、マザーテレサは「私を手伝いたいなら、まず身近なカルカッタから始めよう」と言った。確かに、「平和、平和!」の叫び声が世界中では聞こえる。しかし、私たち一人ひとりが平和を達成するために具体的に日常生活では何をしているのだろうか?さあ、周りの「カルカッタ」から始めよう!

 

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教育を優先!

hikaru | June 30, 2008

 今回、ブラジルにおける日系人の教養・教育について書いてみたい。ブラジル移民100周年記念および日本ブラジル交流年を祝うのが目的で、先週日本皇太子がブラジルへ行かれた。先日、6月20日にサンパウロ大学法学部校舎で全学部の教員と学生との特別な集まりが開かれ、皇太子も参加された。皇太子は3分程度のスピーチをほぼ完璧なポルトガル語で話されたそうだが、学長ビレラ氏のおしゃったこともおもしろかった。      

   

 ビレラ氏によると、現在日系人はサンパウロ大学全体の教員8%を、そして学生の14%を占めるそうだ。サンパウロ大学というのは国の最もレベルが高いといわれており、全国からの学生が属されている大学。ということで、ブラジル総合人口の1%に過ぎない日系人は明らかに合格率が高い。いったいなぜだろうか?おそらく、その理由は日本移民が最初から優先してきた教育にあるのかもしれない。初期の困難を超えたら、移民の方々は経済的にも割と安定した生活を始めたら、自分の子供にしっかりした教育を与えようとしていたようだ。もし、同じ農園に他に日本人家族があれば、日本人学校を設定することも珍しくなかったのだ。

 しかし、日系人が教育を大事にするといっても、日本における中南米出身の日系労働者の教育問題は数多く起っている。出稼ぎが目的で、来日し、残業をし過ぎたり、非人間的な生活をしたりする結果として、日系労働者が子供と過ごす時間がほとんどないケースが多い。そして、親のサポートや励みを受けず、不登校になる子も多いようだ。それに、通学よりも両親と同じように工場で働き、自分で小遣いを貯めたら、自由に遊び、欲しいものを買うことができるようになるから、さっき述べた痛々しい生活を選ぶ人が残念ながら少なくない。そして、ブラジルで見たことがない日本の「不登校問題」はどういうことだろうか?勤勉な日本人、教育を大事にするといわれる日本人の中でなぜそういった問題が発生するのか?僕にとってはとても不思議な二重の問題。というのは、日本に来る前に、ブラジルの日系人が教育を優先するのは、(日本の)日本人が教育を優先するからだと僕は思っていた。ただ、来日すると、日系デカセギの教育問題、そして(日本生まれの)日本人の不登校問題を知って、戸惑った。

 もしかすると、「教育が一番」というのが移民の特徴なのか?それとも昔の日本人のやり方なのか?現在の日系ブラジル人と日本人が失ってきた貴重な習慣だなという感じだ。それは将来的にちょっと調べてみたいことの一つ。

 ある日本人の作家は戦後にブラジルを訪問し、「昭和・大正時代の日本人に会いたいなら、ブラジルへ行くべき」と言ったらしくて、それは本当なら、最近の日系人も日本人も貴重な日本人特徴を失ってきたのではないか?僕の個人的な意見に過ぎないけれど、「教育」と「家族」の役割は昔の日本人と現在の日本人とぜんぜん違うと思う。僕を含め、日系人・日本人、ちょっと振り向いて、100年前の日本人を見習って、自分を見つめ直す必要があるのではないか?

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「共存共栄」って?

hikaru | June 23, 2008

 昨日、ちょっとした暇な時間があって、水曜日にビデオに録画していた前回の『その時歴史が動いた:共存共栄の事業なり~ブラジル移民100周年~』という番組を観ていた。放送は、笠戸丸がサンパウロ州のサントス港に到着した日からちょうど100年。いつも通り、ある代表的な人物の人生を通して当時の社会や政治を語るという番組だった。今回は「移民の父、水野龍(1859-1951)」という興味深いテーマであった。

水野龍

水野龍 Mizuno Ryo
 その番組によると、「すべて共存共栄とし、日本人だけでなく世界中の共存共栄でなければならない」という水野の言葉がブラジル移民の中枢であったそうだ。満州殖民地政策と違って、軍事力で土地を奪って自国の国民を豊かにさせるのでなく、自国民が豊かにする機会を与えて、国民が豊かになることによって国全体が豊かになるということだ。いわゆる「富民富国」なのだ。その夢を実現するのに、水野は南米に渡って、まずチリに寄って、そこからブラジルへ旅立った。長くなるので、ここに詳しくは書かないつもりだが、第1回移民は失敗に終わったと水野さえ認めた。しかし、あきらめず第2回も第3回も行い続け、大成功になりそうな移民を見て、数年後自分自身も妻子とブラジルへ移住することにした。自分の苦難を抑えて、ブラジルで苦労を直面していた移民を積極的に支援していたようだ。そして、日本人が社会的な面でも成功の夢を実現することによって、割と若いブラジル社会にも、農業を始め様々な分野に重要な貢献をしてきたといわれている。それがまさしく水野の「共存共栄」の夢であった。
 
 ところが、移民とは呼ばれていないが、南米出身のその子孫の方々がデカセギで来日しているプロセスは「共存共栄」になっているのだろうか?その番組によるとまだだ。確かに、「共存」も「共栄」もみられていないと思う。というか、日本人側かブラジル人側か片方が間違っているわけではないかもしれない。おそらくいずれも間違っている。
 
 まず、日本人側をみてみよう。日本政府および日本の工場は南米デカセギに何を求めているかというと、やはり日本ではなかなか見つからない安くて、3Kの仕事をやる労働者の多人数に違いない。だから、労働者のことを考えず、労働時間を伸ばしたり、残業をあまりにもやらせたり、職場安全や労働者の家族を無視したりしているのではないか?
 
 けれど、ブラジル人側をみても、労働者の方々の大部分が家族や子供の教育を置いておいて、短時間にできるだけお金をたくさん貯めて、すぐ帰国するから、ブラジルでは人間らしい生活を送る、子供にしっかりした教育を与えるからちょっと我慢しようという考えがかなり広がっているのではないだろうか?というか、来日する勇気はすばらしいと思うが、欠かすことのできない子供の教養はどうなるか?家族よりも、経済的なものを優先するとおかしいのではないか?
 
 ということで、残念ながら、日本側にもブラジル側にも、何が最も大切か、そういったヒエラルキーがめちゃくちゃになっているのかもしれない。初期の移民も当時の日本政府も「共存共栄」を本当に目指していたか、僕には分からないもんだが、本当に現在のデカセギも日本政府も「共存自栄」ではなく、「共存共栄」が目標なのだろうか?
 やっぱり、「歴史」は良い師匠だよね?
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Profile

新谷 光 アルベルト、ブラジル出身の日系三世。

2006年、来日。2007年4月、神戸大学文学部に入学。現在、同学部日本史学専修2年生。2008年より日本財団留学生になった。

日本ブラジル移民、ブラジルにおける日系社会、在日日系ブラジル人、そして日本ブラジル関係についていろいろ書いてみたいと思います!感想やコメント、大歓迎!

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